彼と彼女が握ったもの

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特撮やプリキュアの考察感想記事(ネタバレあり)をゆる~く投稿するしながらも時には熱く語っていきたい…そんな風に運営出来たらなと思います。 あとコメントはお気軽にどうぞ!!

2019年06月

【感想】スター☆トゥインクルプリキュア20話「銀河に光る☆キュアコスモ誕生!」

 先週の全米オープンゴルフを乗り越え2週間ぶりに訪れたニチアサタイム。
戦隊、ライダー、プリキュア三作とも新展開の目白押しで実に見応えがある時間でした。
特にプリキュアは新戦士キュアコスモの登場と山場を迎えましたが、未だわだかまりのあるブルーキャット・マオと如何に心を通わせていくのか?を丁寧にかつ、作品の内包する多様性を乗せて出力した傑作回であったと感じます。
では、各トピックへ……


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残されたペンダントからの推理
 ブルーキャットにフワとカラーペンを盗まれたプリキュアたち、幸いスターカラーペンダントが無事だったため即座に追跡に移るのですが、これを仲間たちがブルーキャットのミスに助けられたと論じる中ひかるは別の結論へと到ります。
まだノットレイダーが残る惑星から自分達が安全に脱出するため、変身能力の要であるペンダントをブルーキャットは見逃してくれた。
後のブルーキャットの動揺から大方事実と見て間違いないのですが(咄嗟の判断なので意識無意識を問う話ではないかもしれない)心情的に信じたかった、だけでなく「盗まれなかった者から真意を見抜く」というミステリードラマでの刑事さながらの推理はひかるの賢さを感じられる展開であったように思います。



流浪の民レインボー
 ブルーキャットが語ったのは、レインボー星人はその変身能力のため人々から忌み嫌われた種族であり、彼らが未開の惑星に移住し、惑星レインボーなる生存圏を確立したという過去の悲しい物語。
度々レインボーが宇宙星空連合未参加の惑星であることが言明されていましたが、惑星の成立経緯を知ると嫌な意味で納得できてしまいやりきれなくなります……ノットレイダー幹部たちと同じような悲しい背景を抱えている異星人がやけに多いのも作品の志向する方向もあってのものなのでしょうね(大きな政治システム・秩序が安定した巨大コミュニティの中で生きてきたララは彼らと対照的な異星人として設定されているのでしょう)。
 回の終盤、ひかるはレインボー星人、ブルーキャットらのコンプレックスである変身能力を「自分達にはない個性」「知らないからもっと知りたい」という受け止めで光を当てます。
感傷的な同情ではなく良い意味の貪欲な想像力で包み込んでいく、前向きかつ柔軟な救いの言葉は本作の示す多様性を象徴すると言っても過言ではありません。
 またキュアコスモがスペクトルや三角といった「プリズム」がモチーフとされているのも「見る者の角度によって輝きが変わる」という特性をひかるとブルーキャットの関係に準えているからではないでしょうか。



「私とあなたは同じよ」「ブルーキャットと同じフワ!」
 ぶつかり合うプリキュアとブルーキャット。
しかし、根底にある誰かを救いたい気持ちは「同じ」なのだと提示する二つの印象的な場面が描かれました。
最初はキュアスターとキュアスターに変装したブルーキャットとの対峙、もう一つはそれでも自分を守ろうとするプリキュアの真意を計りかねるブルーキャットにフワが気づかせるという形で。
前者は姿形を同一にしているからこそ相似性が際立ち(何も違わないことが浮き彫りになる)、後者はブルーキャットが言い放った言葉がブルーキャット自身に新たな決意を促す重要なシーンとなっており、作劇の上手さが感じられます。







「星のみんなは救いたい。でも、その前に……倒れているんだ、目の前で、この子たちが!」
 プリキュアを庇うため、アイワーンのノットリガーの前に立ちはだかるブルーキャット。利己主義者、周囲からそう見られていただけでなく自ら星の復興のためそうあろうとしていたブルーキャットの心情の変化を象徴する台詞ですね。
「その前に」「目の前で」というワードは、目的達成のための最短距離を走るブルーキャットがひかるたちを天秤にかけることが出来なくなった、互いの道が合流したと認識したのだということを如実に物語っています。
今回の脚本を担当されたのはシリーズ構成も務める村山功氏ですが、今回に限らず氏の担当された回では何気ない台詞が文脈の連なりで輝くことが多く、磨かれた原石がダイヤモンドへと化けるかのような感動を度々味わえます。
宇宙を舞台にしたコミュニケーション劇であるからこそ、言葉というツールに重きを置いているのかもしれませんね。




 なんと前中後編の3話構成だったことに驚いてしまいますが、単体で見ても今回はドラマアクションのバランスが実に取れていて、またなぜブルーキャットがプリキュアになれたのか?という経緯を徹底的に掘り下げた、新戦士初登場回として満足のいく内容でした。




次回は、第21話「 虹色のスペクトル☆キュアコスモの力!」となります。


 



キュアコスモデビュー戦の行方、そしてバケニャーンの喪失で闘志を燃やすアイワーンの復讐は?
コスモがそのままひかる達の仲間として溶け込んでいけるのか?多くの疑問という名の期待を寄せながら来週を待ちたいと思います


怪獣王の誕生を君は見たか?~『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』感想~

 プリキュアを始めとしたニチアサ作品がゴルフでお休みとなっていますが、
今回は、先日観賞してきました映画の感想記事を投稿します。


その映画とは……

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『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』(吹き替え上映版)ーー通称KOM。




米レジェンダリー・ピクチャーズ製作のモンスターバースシリーズ第3弾であると同時にゴジラ65周年記念作品の看板も背負い、2019年6月現在日本で怪獣旋風を巻き起こしている本作。
全て網羅しているわけではありませんが、自分もゴジラ作品に思い入れがある身として黙っているわけにはいかねえぜ!!!と劇場に駆け込みました。


以下関連作視聴リストです、
・ゴジラ(1954年版)
三大怪獣 地球最大の決戦
怪獣総進撃
・平成VSシリーズ
・ミレニアムシリーズ
・シン・ゴジラ
GODZILLA ゴジラ(2014)
キングコング: 髑髏島の巨神
Godzilla, King of the Monsters! 邦題・怪獣王ゴジラ(1954年版の海外版)
※赤枠は今作との関連を指摘する情報があったため初めて視聴した作品です。ただしGodzilla, King of the Monsters!』はタイトルの類似からもしかしたら…と勘を働かせて視聴に至っています。

 抜けが多く準備万端とは言えない装備で挑んだ私、それでもこれだけは言えるのです。


怪獣の、ゴジラの宝石箱や~~~!!!!

それもむせ返るほどの……。


美味しい物が全て詰まった幕の内弁当?いえ、スケールが違います。
考え得る限りの全てが詰まった最強のお重です。何故なら、ゴジラシリーズ以外のコンテクストも合流しているのですから。
だからと言って既存ゴジラシリーズのどれかを見ていないと楽しめないかと言うとそうではありません。
単独のエンターテインメント作品として機能する為のフックも多数仕掛けられていたのですから。




以降のトピック解説からはネタバレを躊躇なく展開していく記事となっています。
映画未観賞の方はご注意ください。






モナーク(血と勇併せ持つ者たち)
 今回、ゴジラを始めとする怪獣たちの対策に掛かるのがアメリカの特務機関MONARCH(モナーク)物語の中心を担うキャラクターのほとんどが属する組織であり、2014年GODZILLAや髑髏島の巨神と本作をモンスターバースとしてリンクさせる要素です。
サンフランシスコでのゴジラVSムートー戦ではあくまでもオブザーバー的立場でしかなかった同組織は、解散危機を叫ばれているのがまるで嘘のように対怪獣作戦の最前線で奮闘します。
本作の主人公であるマークや芹沢らが優秀な頭脳をフル回転させての現状分析・怪獣起源の解明もさることながら、軍事部門Gチームを統括する女傑フォスター大佐の臨機応変かつダイナミックな用兵が合わさることで映画全体がパワフルで快活な色味を帯びたように感じます。
人間知性の描写、に関しては別トピックで触れますがそれを最大限に運用する人間の力強さあるいは徹底したミリタリーが大きな見所の一つと言えるでしょう。




芹沢という男
 2014版に続いて物語の中枢を担うこととなったモナークの芹沢猪四郎博士
そのネーミングモチーフは第1作ゴジラにて悪魔の兵器オキシジェン・デストロイヤーを開発してしまった悲劇の科学者『芹沢博士』と第1作を始めとした多数のゴジラシリーズや東宝特撮映画でメガホンを取った『本多猪四朗監督』と言われていますが、本作でのゴジラとの関わりは「芹沢」の名を持つ者としての運命を強く感じさせるものとなっています。
いや~オキシジェンデストロイヤーが米軍開発の超兵器として軽々と投下された時は一種冒涜ではないか?と憤りかけたのですが、そのために死にかけたゴジラを文字通り命を差し出して復活強化させる役どころに回るのですから、それがリスペクトだったのだと分かるのです。
オキシジェンデストロイヤー使用の責を負うのは第1作ゴジラの芹沢博士そのものですし、
広島で父親が被爆したこともあり核兵器使用に最も慎重なスタンスであった彼が友と認めたゴジラのために核と共に散る姿は、家族を奪ったゴジラを憎むマークへ『憎悪対象への赦し』という考え方を訴えることとなります。
「さらば、友よ……」
決戦を盛り上げる芹沢博士最期の言葉こそ本作屈指のベストフレーズと言えるでしょう。





知性の対立・善悪の怪獣・「ウルトラマンガイア」
 騒乱の発端は環境テロリスト、アラン・ジョナが怪獣との交信を可能にする装置『オルカ』を、その開発者でありマークの元妻・エマと娘のマディソンごと強奪したことに始まるのですが、実は星の支配者(怪獣)による環境再生という思想に傾倒したエマ自らジョナ達にコンタクトを取った結果の自作自演(?)だったことが判明。
怪獣災害によって分断された家族の絆というドラマ要素もありつつ、環境問題を巡って激しい応酬が繰り広げられる現代の問題意識が怪獣という存在に投影されているのだと分かります。
環境保全・再生論が極北まで達すると必ず沸き上がってくるのが「環境を食いつぶすだけの人間は星にとっての癌であり滅びるべきだ」との論。「正気の沙汰とは思えない」のカウンターが繰り出されるまでがある種お約束。このループにはまっていくと答えは良くも悪くも抽象的にならざるを得ないのですが、最大の強敵『ギドラ』が「ゴジラと地球の王を争った者」ではなく「外部からの侵略者・外来種」であるとの起源に辿り着くことで、局所的な『善悪』の枠が設定され、生態系を荒らすギドラをゴジラと共に総力を挙げて倒すという方向に映画全体がフルスロットル。
アクション・ドラマ両面で本作が高い評価を受ける所以、相当にテクニカルな手法だと感嘆しますねぇ。
 また、この人間に対する罪を問うた構図は現在Youtubeでも配信されている『ウルトラマンガイア』特にウルトラマンアグルこと藤宮の行動原理を思い浮かべたことも多いのではないでしょうか?
外部から攻めてくる根源的破滅招来体に対し、人類と地球由来の怪獣が共同戦線を張るのもまた然り。
後述トピックでも触れますが、本作では怪獣という存在の許容に対しかなり踏み込んだと個人的に感じるのでそういう意味ではガイアの更なる一歩先を見せてくれたのかなと感慨深く思います。




リアライズされていく神性・国境・「ガメラ3」
 本作を製作したドハティ監督はどうやら「ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃」(通称GMK)を製作直前に視聴されていたようで、その影響が色濃いのだと窺える描写・設定が散見されます(ゴジラを庇うモスラ、中盤まで地球の神だと誤認されるギドラなどなど)。
特に怪獣を神話世界の存在として規定していくロジックは、GMKだけに留まらない金子修介イズムへのリスペクトと言えるでしょう。
そうです、平成ガメラ3部作、特にガメラ3邪神<イリス>覚醒で提示された『神々の戦い』のような荘厳さを強く感じさせるのです。
この系譜は2014年や髑髏島の巨人でも触れられていましたがあくまでも触り程度(時系列上最も古い髑髏島の巨人では、人間文明やそれらが作り上げた機械の優位性を疑わないというスタンスもチラホラ)
KOMでは本格的に怪獣が内包している神性に現実的知性で向き合い、環境を回復させる彼らと一時的にでも共存する方向性を打ち出した、それも感情論中心ではないというのは大きくとても踏み込んだメッセージ性を発していたように思えます。
壮大で曖昧で人の手に余るといった抽象論に留めておくのではなく、説教臭さのない実利的な意味で神=怪獣と向き合っていくこのスタンスがとても真新しい感動を呼んでいるような気がしてなりません。
 日本のおけるゴジラは原水爆・戦争のメタファーを切っても切り離せない(比較的上記文脈が薄いシン・ゴジラも福島第一原発事故がモチーフにされています)存在として確立されていますが、
一方、ゴジラを絶対的な存在として崇めるようなテイストが見受けられるのは一神教社会における解釈が多分に盛り込まれているからではないか?と見て取れます。
オマージュもありつつ、製作国の違いもまた垣間見える、そういった点から文化観の集大成としての怪獣映画を観るという楽しみ方もまた一興。


拡大への期待
 本作続編Godzilla vs. Kong」が早くも2020年公開予定であることは周知の事実ですが、映画内でも今後の新たな展開を期待させる伏線が張られていました。
例えば、エンドロール終了後に流れた「ギドラの遺骸(首)を漁師から買い取るジョナ」の場面はゴジラに敗れ再生改造された『メカキングギドラ』あるいはVSシリーズニテその技術を解析して誕生した『メカゴジラ』の登場を期待させます。
米軍に投下されるもゴジラだけを瀕死に追い込む最悪の事態を招いた『オキシジェン・デストロイヤー』はゴジラの天敵『デストロイア』登場の下準備が整ったとも取れます。
またゴジラ達怪獣=地球の神であるとの視座を提供したことで、今後登場するであろう他のゴジラシリーズ怪獣たちにも新たなアレンジが加わるのではないか?と期待が高まります。
例えば最近、ゲノム編集によって子供が誕生し物議を醸したというニュースが記憶に新しいところですが、遺伝子操作(バイオテクノロジー)を用いてしかもゴジラの細胞を組み込んで誕生したビオランテを登場させたりなんかするとかなり面白いことになるのではないか?と素人考えに思うわけなんですよね。
またドハティ監督のインタビューにも出てきたガメラの登場も期待しちゃったり……。




コンテクストを完全回収した日米の真なる『怪獣王』
 1954年版第1作ゴジラの海外版Godzilla, King of the Monsters! 邦題・怪獣王ゴジラと同じ作品名を掲げるKOM(原題:Godzilla: King of the Monsters)。
そのリスペクトの真意は奈辺にあるのか?
それは怪獣王ゴジラとオリジナル1954年版の違いにその真実が隠されているのではないか?と今回観賞して思いました。
ざっくり言うと、アメリカナイズドされた結果ゴジラに込められた原水爆への継承や人類の傲慢さといった思想的に濃ゆい部分が薄められ娯楽作品化してしまったのが海外版怪獣王なのですが(多分に時代の影響もあり、アメリカでは2000年代以降ようやくオリジナルゴジラの観賞が可能になったのだとか。核に対する見解の違いもあるのでしょう)。
では翻ってKOMはどうだったのか?と言うと、これ以上なく日本版をリスペクトしたゴジラ映画だったのですよね。前作2014年版からしてその傾向はあったわけですが、VSキングギドラあるいはファイナル・ウォーズを思わせるゴジラ復活作戦、核で目覚めたゴジラの燃え盛る体はVSデストロイアのバーニングゴジラと瓜二つなどなど「観客で全てのオマージュに気づける人いるのかな……」と思えるまでにゴジラしてたんですよね……。
ギドラに対する見解もGMK的な地球由来の神から地球最大の決戦で提示された宇宙怪獣……と各種作品の設定をなぞるように変遷しています。
映画終盤、ギドラを降しその洗脳から解かれた多くの地球怪獣がゴジラの下に集い跪く画が「怪獣王」の誕生を印象付けますが、この映画が想像を絶するレベルで「歴代ゴジラの文脈と言う名の遺産」を回収したからこそ改めて「怪獣王ゴジラ」を名乗る資格が出来たのではないでしょうか。
娯楽化された怪獣から考えられる得る日米のロジック全てを装備した、正に名実相伴う怪獣王が誕生したと言えるでしょう。




 新たな手法で描かれたハリウッドのゴジラであったと同時に改めてゴジラという映画を持つ魅力とパワーを再確認させてくれたKOM。
KOMを観る前に、あるいは観た後でもシリーズ作品を振り返れば楽しめるし、単独で観賞してもその圧倒的な情報量とアクションに血が滾ること間違いなしの傑作でした。
すっかり虜にされた今、来年のゴジラとキングコングの対決が楽しみでなりません。
それまでにまだ未観賞の昭和ゴジラを見ておきたいと思います。

 次回も乞う、ご期待!

【感想】スター☆トゥインクルプリキュア19話「 虹の星へ☆ブルーキャットのヒミツ!」

TVerの第19話配信ページです


 スターカラーペンを探すひかるたちが降り立ったのはブルーキャットと因縁深い・惑星レインボー。石化現象により荒廃した星で直面するエゴイズムとリアリズム、改めて相互理解し合うことの難しさが描かれ殺気だった風が物語を支配していく……と明らかに重要エピソードだった今回。
では、各トピックに移りましょう。
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化け猫と青猫
 アイワーンに仕えるバケニャーンが実はブルーキャットの変装であり、レインボー星人の生き残りとして星を復活させる術を探っていたことが明かされる、誰もが予想出来なかった驚きの真実が明かされることとなりました(え、とっくに分かってた……?)
変装に使用する香水の香りからフワが気づくという伏線が活きており、また執事の離反に動揺するアイワーンの姿もこれまでのやりとりを思い返せば致し方なしと同情を禁じ得ません。
情感たっぷりに敵側がまんまと欺かれる様が描かれるのも新鮮でした。
もっとも当のブルーキャットは怨嗟らしい感情は見せていませんでしたが……(最後のトピックに関連してきます)。



アクシデントが浮き彫りにする本性
 惑星レインボー住民の石化はアイワーンが使用した試作ダークペンの暴発によって引き起こされたものでした。
その後滅亡した惑星の宝を売り払って研究資金に充当したのだとか。
ダークペンを用いた時点で危害を加えるつもりだったのでそりゃ悪びれないでしょうけど、さも功績然と語っているのが恐ろしい……また予想外の事態だったはずなのに自分の懐を潤わせている辺り徹底した悪党像が貫かれています。
バケニャーンを失った喪失感と騙された憤り、自分本位の悪意……右往左往する敵幹部感情の振れ幅がなかなか珍しい展開ではないでしょうか?



数字とサングラスの向こう
 データ・数字上の計算で惑星レインボーの実情を理解していたつもりでいたララは現地を訪れ、惨状目の当たりにしたことで考えが変わります。
「来てみて初めて分かったルン。色んな人がいたルン。この星の人達はデータや数字じゃないルン。たかがで済ませられるものじゃないルン!」
新たな視座を得たララによって、石像にされたレインボー星人がノットリガーにされたのならみんなが元に戻れるかもしれないとの希望が見出されます。
これまでデータに重きを置く傾向があったララの変化が感じられ、そして発想の転換は彼女の『想像力』が発揮された瞬間だと言えるでしょう。
また、これまで繰り返されてきた
「サングラスの向こうに閉ざされたブルーキャットの瞳=彼女の真意・理解に立ちはだかる最後の壁」という演出も今回同じエピソード中で手を変え品を変え提示されました。
ある時はフワを抱えたバケニャーンのモノクルに迫る形で、またある時は目的達成のためスターカラーペンと共に強奪したフワを見つめる紅い瞳で、フワをひかるの手から奪った瞬間シルエットが煙幕に覆われるのもこの演出からの派生でしょう。



「気持ちだけで充分ニャン!」
 ブルーキャットの事情を知ったプリキュアは協力を約束するも、逆に全てのカラーペンとフワを盗まれます。
ブルーキャットがひかるたちに悪感情を持っていないことは明白ですがサザンクロス・ショットで石化したレインボー星人を戻せなかったことが後押ししたようです。
プリキュア側が理解を示すアプローチはこれでもかと送られた挙句の果てが、目的達成のため裏切られるという結果です。しかし、現実主義に舵を切った、切らざるを得ないのが今のブルーキャットの境遇なのだと納得も出来るんですよね。
分断された両者の背景で流れる重厚なBGMが、そしてブルーキャットに"盗られた"ことを認知するまでのタイムラグが「内情を知ることが相互理解を促進するとは限らない」非情な現実を痛感させます。





 騙す形という形でアイワーンを弄んだと言えるブルーキャット。
滅亡だけでなくノットリガーに利用することで惑星レインボーを蹂躙し続けるアイワーン。 
この非情な宇宙で生きる術を確立するため「手段を選んでいられない」両者が互いの心を傷つけあっているある種凄惨な構図が堂々と繰り広げられたのは挑戦的だったと思います。
傷ついた者は傷つけていく、想像力だけでカバー出来ない宇宙を生きる者たちの事情と捉えるならばこれは11話からの反復とも取れます。
アイワーンはともかく、ブルーキャットにプリキュアは次回どのようなアクションを取るのか……見物です。




次回は、第20話「銀河に光る☆キュアコスモ誕生!」となります。


フワとカラーペンを奪われたひかるたち……からの新プリキュア!?と意外な展開。
どのように展開していくかが見所でしょう。

 なお、来週6月16日は全米オープンゴルフのため放送休止、次回は6月24日の放送となっています。
ご注意ください。



次回も乞う、ご期待!


【感想】スター☆トゥインクルプリキュア18話「つかめ新連載☆お母さんのまんが道!」

 
TVerの第18話配信ページです


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 漫画家であるひかるの母親・輝美の月刊漫画雑誌作品掲載が決まります。
結果を出せれば、初の連載デビューもあり得る……母親に訪れた大チャンス、ひかるは友達と共に応援を試みるのですが……
漫画を主題にした話筋のためかアバンパートや漫画製作に関する説明ではデフォルメされた演出が目立つ一方、輝美やひかるが直面する(かつてしていた)同調圧力という問題提起はこれまで描かれてきたテーマに即しつつも、新しい切り口があったように思えます。
それでは、各トピックへ……





売れ線と得意ジャンルと
 掲載が決まったとのことで雑誌社から輝美の下へ派遣された編集者・追川夢男は輝美の得意ジャンルSFやファンタジーよりも、掲載誌の人気ジャンル、イケメン・恋愛・医療物にすべしと譲らず。
いい加減売れるものを描いてくれ、との言葉に押された輝美は指示通りに描き切ります。ひかるらの応援を受け、睡眠時間を削って、力の限り……しかし、追川の上司による酷評を耳にしてげんなり、そのままテンジョウによってノットレイ化されるという下降し続けるだけのジェットコースター。
憐憫ばかりを感じる展開ですが、自分の表現したいことがトレンド・売れ線との合致を気にかける、自分を抑え込んででも受けに寄せてしまう心理は痛いほど分かる気がします。
しかし、この流れなら担当編集・追川がノットレイ化するのでは?と思いきや、彼の登場は売れ線をごり押しする前半と唐突に輝美の味方へ様変わりする終盤に限られ、掘り下げが中途半端になった印象が否めませんね……ただ彼の立場になって考えれば間違ってたことばかり言っていたとも思えないので(デビューしてから好きな事をすればよいという方法論もある)その辺の葛藤が製作側にもあったのかもしれませんね。
またテンジョウ部隊によるノットレイ化の恐怖は、ゲストキャラに施されるよりも近親者にされる方が恐怖感が増すという一面があるように思いますから(被害者はとうま、輝美と現状プリキュア家族のみ)そういった計算もあるのかなと。




「好きなものが他人(人)と違ったっていいじゃない」
 母親の連載デビューを応援したいひかる。
その想いの根源は?という形で母から贈られたお手製の漫画、近所の男の子から偏見を受けていたこと(場面の切り取りなので恒常的だったかは不明)、母親の言葉に救われた過去が明らかになりました。
幼稚な趣味という偏見=得意ジャンルを捨てろ、と母子は同調圧力を受けていたという形で繋がるのですが、自分の好きを決して捨てなくていいという思いやりの循環も表しています。
ひかるが登場当初から持ち合わせていた未知への好奇心と想像力は遼じいから、自分と他者の好きというテリトリーを絶対に譲らない強さは母親からそれぞれ受け取ってここまで育ったんですねぇ(世界中を回っていると今回明かされた父親も関わっているのでしょうが)。
物語中で克服していく、ではなく、何故既に温かい寛容さがあるのか?を遡って描くのもなかなか珍しい気がしますね。前作ハグプリの野々はなの過去と似ているような気もしますが、あれは「変わる理由」ではあったけど「救われる理由」とは少し違うかなと。
優しさの理由が描かれたことで、な~んか不思議な子から感情移入しやすくなったひかる。2クールの節目が迫る中、ここでスポットライトが当たったことがどう活きていくか楽しみですね。




「誰になんて言われても、好きなものは好き!」
 と上記のこともあり、本来自分が描きたくない題材で描いている母親を心配するようなひかるの表情がチラホラ。しかし、直接的な言葉例えばSFやファンタジーを描いたら?のようなアドバイスは送らず、お母さんの描いたファンタジーの漫画が大好き・ありがとう!と言っています。
それに気づかされた輝美が自分の好きなものを描く決心を固める……という形で親子が愛綴られるのですがこれと同じように言わないけど表情には出してる、のが祖父の春吉。
いつもニコニコで温厚な祖母・陽子と並べば、 恐らくですけどあまり漫画家という職業を快く思っていないのでは?と思ってしまいます(ひかるの宇宙オカルト趣味と同じように)。
しかし、明確な否定のシグナルは送らず、記念パーティーにも同席しています。
ひかると春吉、積極消極の違いはありつつも道の歩み方は輝美のそれを尊重し、家族としての応援する姿勢を見せており、星奈家は程よい距離感で住みやすく生きている風通しの良い一家なのだと思いました。





 世界から全面的承認を得られなくても自分のポリシーは貫きたい……一昨年のキラキラプリキュア☆アラモードっぽい味わいを感じさせるお話でありながらも、自分とは違うあり方を許容していくスタプリの多様性が打ちだされたエピソードでした。
前々回の弓道大会のように漫画製作におけるキーワードを都度解説し、分かりやすい物語を心掛けていた点も評価すべきでしょう。


次回は、第19話「 虹の星へ☆ブルーキャットのヒミツ!」となります。


 作品の縦筋となりつつあるブルーキャット編の物語。
石化現象によって滅亡した惑星でプリキュアたちは何を見るのか……


 次回も乞う、ご期待!


 
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